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●各車両
any cargos

この線区のために開発された車両のほか、各地から路面電車がやってきていた。他の都市の路面電 車同様、博物館的意味合いも感じられるが、現在は車両の種類は収斂しつつある。(各地の路面電 車には「動きながら保存される」スタイルの考古学的価値の発生がみられる。本来は名古屋鉄道 も、その十分な技術力で過去の車両を完全に復刻させることができるが、本市内線、美濃町線関連 で、そういった技術を発揮する場面には、あまり恵まれてこなかった)もともとが十分な造形的配 慮をもって作られた車両があるなどその車両ラインナップは見ていて飽きることがない程である。 主な市内線用車両の形式について概要を述べる。


510系、520系

大正末期生まれで、形式が大きい520系の方が古い製造となっている。ともに大 きく丸みを帯びた5枚窓が特長で、しっかりした作り込みのある造形となってお り、戦後の車両とはまた一味違う出来を感じさせる。はじめは美濃、関のほうに 延びる現在の美濃町線に相当する線区で主力として活躍していた。鉄道会社が想 いを込めて作り上げた高級感は、いまだにその気品を保っている。


550系、560系、530系

金沢市内を走っていた路面電車を計17両譲り受けたもので、市内線の主力を占め ていた時期もあった。昭和25年(550系)、昭和26年(530系)から31年(560 系)製造となっている。美濃電気軌道時代からあった木造の旧車両に変えての運 用だった。金沢の町ゆずりの、狭い街路にも対応した構造で、空襲後素早く復興 した岐阜の、昔ながらの雰囲気を残す街並に、よく馴染んで走っていたと思われ る。



570系、580系、590系

「都電6000形」と呼ばれる戦後の路面電車の標準的なスタイルを踏襲したタイプ の低床の路面電車570系に始まるシリーズとして、合計14両が作られた。

はじめは美濃、関のほうに延びる美濃町線で活躍していた570系は市内線に移籍 し、市内線に充てられた580系、590系は美濃町線に移って使われた。590系が3 扉でワンマン運転に向かなかったことが原因だろうか?路面電車っぽい顔立ちが、 当時の街並に映えて、岐阜の街を近代的なイメージに染めていたと思われる。


770系

昭和50年代に美濃町線用の880系をそっくり市内線用にややサイズダウンした、連節タイプの市内/郊外兼用車。斬新なデザインと快適な乗り心地、本線系の列車に負けない現代的な内外装を装備した、次代の路面電車として登場した。現在の岐阜市内線の顔となっている存在である。(880系は各務原線に乗り入れるために600Vと1500Vの両区間で使えるように設計された車両の第2弾で、770系同様、連節構造をもつ)



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