top/5-descript/intro.html

I.展覧会の背景と目的

'97年3月、岐阜市文化センターにおいて「岐阜市電のデザイン小展覧会」が開かれた。これは私たち「岐阜未来研究団'96」がデザイナーからの提案を試みたものである。テーマは市内を走る路面電車「名鉄岐阜市内線」の今後の在り方と街づくりを巡るものであった。現地や各地の路面電車、旅客輸送業界の取材を通して、私たちが鮮明に持つことができたのは「ゆっくりと街並のなかを移動する、大きな窓をもった電車が、街並や都市内部のにぎやかさをじっくり乗客にディスプレイしてくれる」というイメージであった。これは以後ディテールを論じる際にも一貫するものだった。

展覧会での提案項目は、電車本体の内装、外装、停留所やサイン体系の計画から、チケット、情報誌、イベント、情報端末の展開まで多岐にわたった。「岐阜未来研究団'96」は、在京および東海、北陸在勤のデザイナーとデザイン学生13名を中心に構成されている。展覧会を通して商店街、市当局、鉄道事業者、周辺住民のそれぞれと意見を交え、続く活動に備えている。以下に本展の核である「都市のディスプレイ媒体としての路面電車」という考え方とそのデザインへの展開を概説する。まず市民にはどのような存在であるかを見てみたい。


中部第2の都市:岐阜の
シンボル「赤い電車」

長良川、木曾川、金華山に四方を囲まれた岐阜市は、そのために都心部を高密度で形成する。信長、 秀吉縁りの地であり明治以降独自の財界を形成、近傍の名古屋とはまた違う成長を遂げ、現在なお商業、交通の要衝として地の利を生かした都市交易を続けている。その中を路面電車「名古屋鉄道岐阜市内線」が地域の足として街の中心を堂々貫く。地域ロケーション形成の重要な軸であり、圏外からの電車の人気は高い。

ただ、市民には路面電車像を好ましく感じていない人も多い。「自動車交通の邪魔」「歩行者への脅威的存在」との他の移動手段を取る人からの利害に絡む意見や、「時間通りの運行に疑問」「発進停車が自動車の都合で急」との利用面での不具合まで、否定的な色を帯びた声が方々で聞かれた。'70年代に全面撤去の市議会決議も出ている。事業者が民間でなければ今頃はバスが往来する無個性な街となっていたかもしれない。


変化する電車像、
最新の乗り物への進化が可能

だが現在は状況が変化し、地元商店街も「都心まで歩行者を誘導できる路面電車」に関心を寄せる。都心商業区域が郊外型店舗の影響で地盤沈下を強いられていることもあるが、94年度以降、運輸、建設両省が路面電車の公共交通機関としての優位性を評価しはじめたことも行政のムードを変化させた。愛知県豊橋市での鉄道線とのアクセス改良事業に助成がつくなど、財政面にまでバックアップ体制が整ってきた。ひいてはこれが、商店会連合のムードの変化にまでおよんでいる。

自家用車が普及するまで人々の移動手段は徒歩、自転車、公共交通に限られていた。路面電車の通勤通学でのシェアは全盛期に15%を占めた。庶民の選べる効率良い移動手段として時代最先端の乗り物だった。役目を自動車に譲るかに思われもした路面電車だが、高速電車等の開発、運用で生まれた技術を投入できるようになり、新世代の電車が生まれようとしている。各地の現存路線でも整備復活運動が盛んになるなど、地域交通としても有効であると意識され、根付きはじめた。


人のペースにあう乗降特性に加え、
街のにぎわう様をのぞかせる機能

路面電車のメリットの中でも、歩行者が同一平面に乗降できることの効用は大きい。バリアフリーデザインの概念が一般化した今、その目的に叶う交通手段として設計できる。定時輸送が可能な点やシンボル性の高さ、街並との親和性があることからも歩行者と馴染みやすく自然な移動手段として現在もっとも注目される乗り物である。鉄道事業者もこの点を評価し路線保護の必要性や街づくりに於ける意義を強調する。

私たちは、以上のメリットの重要性もはっきり認識しながら、今回は特に、乗客が「乗るだけで街をくぐり抜け、街を見渡せる」機能に、街づくりの面からのメリットを見い出した。郊外型店鋪に顧客が吸取られているとはいえ、岐阜の街は週末など、男女高校生や学生、 年配の夫婦で溢れている。クルマ社会に参加しない人達のにぎわいだが「楽しげな街」演出にこの活気を生かすことはできる。それを、電車のある街として、にぎわいまでの誘い水の役割を赤い電車に求めようとした。

 

「II. にぎわいを促進する視点」へ


岐阜市内線のページへ